下が古い.上が新しい.間は他所

2009-04-19

科学コミュニケーションがらみの本を数冊立ち読み.双方向のコミュニケーションが重要ってのはわかるんだが,具体的事例の紹介ばっかで全く腑に落ちない.

例のアレ.指導教官に捕捉されたらしい.ちゃんと本業もやってますよー (小声で

アレへの批判でまだ書いていないのが「ヒト/恐竜が地球を支配する」という思想.既に何度か書いているように,この手の発言をするヤツは無条件に馬鹿認定.もっとも,あそこに書くべきかは検討中.

2009-04-18

例のサイト,とりあえず問題点を指摘してみた.いつぞやの「わかりやすい」と「正しい」の問題に帰着.

こと geology だの paleontology なんて,元の対象も観測技術も偏りまくりって前提で進める学問だったりするわけでして.いや,他の分野もそうでない筈がないんだけど.

どっかの誰かさん (笑) が同時多発的にメディアリテラシーの話を書いてた.おそろしいおそろしい.なんつーかね,発信者は発信者が伝えたい情報しか伝えないし,受信者は受信者が信じたい情報しか受け入れないわけですよ.そんなもん受信者の積極性やら発信者の良心なんつーもので解決するわけがない.事実だけを公平に伝えてくれれば受信者が偏り無く思考するとか夢物語もいいところ.もはやキチガイの域.必要なのは,自分の偏りとか相手の偏りってやつを意識する機能だったり,あるいはそういうのもひっくるめた思想云々を柔軟に更新するための,再帰的な論理 (メタ論理 ?) だったり,という感じ.それって要するにこないだ書いた情報幾何がらみのアレコレとなんだけど.

2009-04-17

その昔は mixi ニュースとそれに対するユーザのレスポンスにコメントするなんてこともしていたものだが,ニュースソースが増えた (りユーザが増えたりした) 結果,S/N がどうしようもなく悪くなったので,ニュース自体を見えなくしてしまった.つまり,ニュースを自分で探しに行かなければならない.どうやらサンプルサイズの増加率に対し,シグナルの増加率はそれほど高くないらしい.それでもシグナルを増やすためにはサンプルサイズを増やさなくてはならないわけで,なんとも効率が悪い.何もこんな話ははじめてではなくて,その昔テレビを見るのをやめたのと同じ経過のような気がする.今はソースを選んで RSS 集めている方式なわけだが,これもいずれ破綻するんじゃないかと思ったりする.

Adobe Illustrator CS3 は 1024x768 以上のディスプレイ解像度を要求しており,ideapad s9e (1024x600) のようなマシンでは,インストールが強制的に終了してしまう.実際,インストールができてしまった状態でウィンドウのサイズをそれ以下にできるんだから,そんなわけわかんない仕様にすんなよ,って気もするが,逆に言えば,インストールのときだけ騙してやればインストールできるいうこと.で,探してみると「Illustrator CS4を無理矢理インストール - HP Mini 1000」のようにソフトウェアのレベルで解決する方法が編み出されていたりするのだが,インストールの時だけ高解像度のディスプレイを接続してやるというハードウェアレベルでの解決策もあったりする.とりあえず,内蔵ではなく外付けの方のシングルディスプレイとして解像度を 1024x768 以上にしてやれば,何の問題もなくインストールできる.また,その後,内蔵ディスプレイのみとして解像度を要求より下げてやっても,全く問題なく動作する.

twitter と はてなハイク では,後者の方が肌にあってるよーな気がしてきた.

lenovo ideapad s9e を購入.w2k pro から vista x64 biz に移行していた人間にとって xp home sp3 は耐え難く不安な os だったりする.で,早速問題になったのが,samba (on FreeBSD) への接続.CIFS で NTLMv2 認証だけ受け入れる設定にしていたのだが,xp home はデフォルトでは NTLMv2 が使えない上に,GUI での設定ができないため,regedit でレジストリを直接弄る必要がある.HKEY_LOCAL_MACHINE \SYSTEM\CurrentControlSet\Control\LSA の LMCompatibilityLevel を 3 にすると解決.つーか,これに気づくまでに何時間かかったやら.

2009-04-15

よくわからないんだが,隕石衝突説が「斉一説 vs 激変説」の文脈で後者に位置付けられるのは何故なんだぜ?

2009-04-14

例のサイトのアレコレを更新して改めて思ったのは,自分は生物云々に興味はあるものの,決して生きてる生物を追いかけ回すのが好きなわけではなくて,死体を眺めるのが好きなだけなんだなー,ということ.いや,ネクロフィリアでもないし,グロ画像コレクターってわけでもないし,人が死ぬところに立ち会ったこともないので大したことは言えないんだけど.とりあえず,生きてるものが死にゆくプロセスは生理的に受け付けないものの,それを除いてしまえば,生きてるものと生きてないものを区別することに意義を感じていないし,そういう意味で,生きてるヤツは面倒くさいから黙ってるヤツだけ眺めている方が気楽だし,それで分かることがあるならそれでいいや,とか思っているとでもいうか.これも,八百万の神がいて二次元の世界が間口を広げてるこの国に生まれ育ったせいなんじゃないかなぁ,とか.いや,阿呆くさい話なんだが.

2009-04-13

蔵本由紀の「非線形科学」を読む.買ったのは随分前だったような気もする.まずは,線形 (非線形),平衡 (非平衡),定常 (周期,カオス),安定 (不安定),閉鎖系 (開放系),散逸系 (保存系) とかその辺の概念を整理するので手一杯.という感じで,この本を読み終えた人ならわかるように,まだ読み終えていない.とりあえず,動的平衡とかいうわけわからん概念を勝手に導入するな,と言いたいところだが,そのためには F 氏の本も読まなくてはならんよーな.

2009-04-12

日本の大学で恐竜の研究ができない理由は,研究したい人数に対し日本産の恐竜の化石が少なすぎるからってことになっているのだが,範囲を世界に広げれば標本は足りてることになってるんだろか,という疑問.

2009-04-11

自転車のパーツを買いに出たついでに某書店で立ち読み.基本的には Y 本 Y 隆せんせーの本の立ち読み.お金が貯まったら買う.昨日の今日ということもあって恐竜本の本棚を眺めるものの…やっぱり M 口さんのフライドチキン本以外に初心者に勧められる本は無いなぁ.

2009-04-10

何かの気の迷いで「恐竜学者に俺はなる!」などというページを立ち上げる.が,そんなに暇ってわけでもないので放置.とりあえず,いいたいことは大体言った.

2009-04-08

個体や系列は認めるけどは認めない,ってのも変な話でして.

基本的に,外のサイトへの言及は「某掲示板定点観測所だより」をのぞいてはてブということにしてるんだが,話のきっかけということで.で,「科学の発展のために天才のクローンを作ろう」という意見に内心は賛成の大学院生ってどれぐらいいるの?という壮大な釣りであって欲しいネタ.コレ見て,随分前から同僚と議論してる「ドラえもん理論」を思い出した.事の起こりは「有孔虫同定すんのマジ面倒なんですけど→自動有孔虫分類装置作る方がいいんじゃね?」という発言だったりする.つまり,ドラえもん並に優秀な分類装置を作るにはどんなハードとソフトが要求されるかを大真面目に考えてみようという話.あるいは,あれほど良くできた装置があったら分類屋大絶滅ってことにゃなりませんかという話.いや,ドラえもんである必要は無いんだけど.そこから派生するのが,分類屋の教育は,分類屋としての自分をコピーすることなのか,自分のためのクロスチェッカーをつくることなのか,という教育論だったり,あるいは2009-03-13T13:03あたりの生物の定義だったり.そういう意味で,(工学ではなく) 科学に本当に必要なのは,ヒトと同じように分類してくれる機械ではなくて,それとは無関係に分けてくれる機械なんじゃねーの?と思っていて,クロスチェックって意味では絶対に生身の分類屋は絶滅するこたぁないね,という話.それが長らくクラスタリングにこだわってる真意だったりする.また長い.

2009-04-07

古生物を復元することの妥当性について.以前,2008-10-23T01:15 に書いたような欠損値に関するネタをゼミで紹介した際,教官陣からは「無いモノは探せ」というありがたいお言葉を頂戴したことがあった.もちろんこれは全面的に受け入れているし,これを否定したら人として終わってる気がする.問題はそれと一緒に出てきた「無いものを作っても仕方ない」という言葉.端的に言えば,何が無いのかをハッキリさせてなければマズイだろう,あるいは,見つけたモノが何らかの仮説を裏付けるか否定するか,そこんとこを意識しないとマズイだろう,という異論があったりする (もっとも,当時はそう言い返せなかった).で,結局なにが言いたいかってーと,古生物の復元というのは,いかにもダメダメな外延に見えてしまうわけだが,それには二つの理由があるだろうということ.一つは,当てはめられるモデルが適切に定義された上で,たとえば力学ならその方程式が正しく解かれなければならないという点,もう一つは,その計算から「どんなカタチをしていたか」という欠損値をある程度制約できるはずなのに,その計算をしていないがために検証作業自体を定義できていないということ.この辺がクリアできればただの外挿ではなく真っ当な復元,より正確にはそのプロセスとして認めてもらえるんじゃないかという妄想.もっとも,この方法で得られるのは「どう動き得たか」というタイプの話であって,「どう動いたか」というトークンの話ではない.後者を要求するのは端から非科学なんじゃねーの?とかなんとか.なげー.

例のアレ.何を以て目的を達したかと定義しておかないとロクな方向に進まないのは間違いない.というか,ターゲットが例の展示に関わった人なのか,それ以外の一般人なのか,そこんとこが分かりにくいという気がしないでもない.それが同居してるのも一つの問題.展示の改善案なのか,展示を見るための副読本なのか,という違い.前者の考え方を強行するなら当事者だけでやれって話なのだが,現に展示がある以上,後者の方にも手をつけた方がよさげという話.かといって,後者の考え方では「役に立ちますように」という七夕祭り的な何かにしかならない,というのもビミョーなところ.問題は,何も知らない一般人は,コッチ側の主張とアッチ側の主張のどっちが正しいかの判断ができるか,という点.それはもう,これまでさんざん書いてきたことでもあったりする.

2009-04-05

NORAD 的には存在していない「金日成将軍の歌」と「金正日将軍の歌」を垂れ流すアレ.陰謀論垂れ流すのもどうかと思うけど,ミサ,ロケット的なふるまいはするけど,実を伴わないブラフ的な何かなんじゃねーのかな,っていう.彼岸の国がそういう技術を持ってるかどうかは知らないけど,とりあえず持ってるよって言っておけば外交カードとしては機能するし,おかげさまで日本はミサイル防衛手段のあれこれを晒す羽目になって,余計なコストを支払ったわけだし.相手をムダに消耗させるためには (テロ) やるやる詐欺でもやって,テロ怖いよテロとか言わせりゃ大成功だし.まー,そんなことはあっちこっちで言われてる分かりきった話だから,今更ここで書くこともないんだが,結局言いたいのは,大した物的証拠があるでもなく意思決定しなきゃならないってのは不毛だよなぁ,ということ.

某所からの忠告があったりなかったりで,どんだけ細かく更新してんだよって話.公開する前にその内容を死ぬほど確認しないとマズイんでない?というのはごもっとも.どう考えても炎上する典型例です,本当にどう(ry

某掲示板定点観測所だより:実は R クンは Navier-Stokes 方程式の一般解を導出していたんだよ!な,なんですってー > Ω ΩΩ

2009-04-05T04:20 の続き.2008-04-04T21:45 に書いてるように,実は科学には科学なりの,彼岸には彼岸なりの論理がある.これは世の中に日本語とか英語とかコイサン語族のアレコレとかってのが存在するようなもの.で,ヒトの体ってのが大体同じで,外界の刺激がどんな物理化学過程で受容されるかってのも同じことを考えると,どの論理を使うかってのは接続方法の違いなんじゃないかって気がする.大元の論理をあまり変えずに使う言語だけ変えるってことが可能ってことは,たぶんそういう論理の層と各言語との距離ってのは大体同じで,どの局所解を拾うかって違いなんではないかと想像.そういう意味では,根本的に論理が違ったり,支離滅裂な言語感覚だったりする彼岸の人々ってのは,「(脳内の) 空間が歪んでる」って言ってしまってもいいのかもしれない.いや,いろいろ問題のある推論なのは知ってるけど.

2009-04-04T04:21 について.我ながら支離滅裂なことを書いているが,結局 2007-11-18T04:40 に言ってることと変わりはない.知識を書くより知恵を書くほうが楽だ,という話.というか,進化自体は抽象的な概念であって,具体的なものをいくら挙げたって説明にはならんよなぁ,ということ.もちろん具体的な事例 (つまり知識) なくして妥当な抽象概念を選ぶことはできないのだけど,具体例を挙げること (induction) と,抽象概念をくみたてること (deduction) と,具体例と抽象概念をどう摺り合わせること (abduction) ってのは全く別なんで,アレで長々と書くのはめんどいということ.ついでに書いておくと,具体例と抽象概念のすりあわせってのは,情報幾何の発想を流用したもの.だから科学には統計が必要.

2009-04-04

例のサイトのアレコレ.基本方針は,化石に関する具体的な知識を書き連ねることではなく,存在論的というか博物学的な態度で,淡々と進化を説明しようと取り組むことだったりする.自分で言ってりゃ世話無いけど.

2009-04-02

Rudolf Ludwig Karl Virchow が定式化したという omnis cellula e cellula という命題について.発表されたのは 1858 年らしい.さらに,それより前に François-Vincent Raspail が発想していたらしい.いかにも曰くありげなタイミング.

「生物とは何か」という問いは生物と非生物を見分けるという問題なのだから,生物しか見ていないような連中どもが解答を得られるわけがない.そういう意味では,生物学科に行かなくて本当によかった.

2009-04-01

科学なんて結局定義の積み重ねなのだが,ニセ科学の人というのはそれを逆手に「そう定義したからじゃん,俺の定義だとこうなるよ」てな話に誘導してくる.結局,科学の側の妥当性を示すということは,ニセ科学側の定義から矛盾を導くことなんじゃないかぁ,とか,あるいはニセ科学の側が自分は正しいと思っている根拠って無矛盾性に関する誤解なんじゃないかなぁ,とか思ったり.要するに,ゲーデルのアレが効いてくる世界.

wikipediaの化石の著名な化石研究者 4 名を見てげっそり.だから恐竜屋ってヤツは…