安否速報:まだいきてる
下が古い.上が新しい.間は他所.
2011-08-31
2011-04-02
要するに,フィルタリングというものには,メディアの物質的な性質に起因する決定論的なものと,そこに介在する人間による恣意的なものとがあるということでまとめられる.ちょうど,悪しき意味での「機能形態」というものが,力学的な制約によるものと,恣意的な判断によるものとに分けて理解できる (ということになっている) ことに対応する.
例えばテレビ,ラジオ,新聞,インターネット,というメディアには,例えば絵を送れるかとか音を送れるか,ランダムアクセスできるかといった違いがある.しかし,それ以外の性質の違い ,たとえば言論から伺える思想 (などと,まだ漠然と思いつきを語っているだけなので,そんなものが本当に判別できているのかという問題は脇に置いておく) などというものは,メディアの物質的な違いではなく,メディアへの書き込みや読み出しといった操作,すなわちフィルタリングの違いを反映していると考えたほうがよいのだろうということ.
情報を伝えるには物質的な媒体 (メディア) が必要なのだが,メディアを物質的な性質を分類しようとすると,追記限定/上書き可能だとか,FILO/FIFO だとか,シーケンシャル/ランダムアクセスだとか,データの次元だとか,物質の耐久性だとか,そういった観点は思いつくのだが,それぐらいしか思いつかない.とはいえ,この性質によりメディアに残る情報はある程度フィルタリングされ,メディア毎に残すことができる情報には違いが生じることとなる.しかし,情報のフィルタリングの全てがメディアの物質的な性質に起因しているかといえば,おそらくそんなことはない.つまり,フィルタとメディアは別のものとして考えたほうがいいんじゃないか,ということ.
2011-03-14
2011-03-04
3次元のボクセルデータを得られるようになるということは,断面積ではなく体積,外周の長さではなく表面積が測れることになるということではあるのだが,それを測ることができるから何だという話ではある.
2011-02-23
omnis cellula e cellula という標語に反して人工細胞を作ることが出来てしまった場合,intelligent designer の存在を認めざるをえなくなるのかという問題.
2011-02-15
たまたま目に止まった形態学という言葉を冠する本 2 冊が,ともに,形態学は要素還元主義とは違い全体論的立場に立つもので云々と書いててのけぞった.だいたいこういうことを言うのは構造主義生物学者を標榜する何かと決まっていて,要素還元の行き着く先である分子生物学では説明できないことがあって,たとえば生物をミキサーにかけて形態を破壊するとそれは既に生物ではなくて…などと続くことになっている.形態を,たとえば標識点または標識線,標識面の集合だと考えるなら,間違いなくそれは濃度が 1 以上の集合 (より正確には位相空間) を扱っているのだが,複数要素を扱うことが非還元論的 (全体論的) かといえば決してそんなことはなく,形態という一属性だけに還元して扱っているに過ぎない.
2011-02-13
測る量は測る者が恣意的に決めなければならない,言い換えれば,測る者が恣意的に決めた量しか測られることはない (おそらくこれが Rudwick のいう paradigm approach が意味するものなのだと解釈される)
新たなものを作るということは,既にあるものとは違うものを作るということであり,測ることができる量で比べられるようなものが作られる.つまり,測る量は設計者により決められている (設計者の意図に反してその他の量を測ってもよい).一方,既にあるものを比べる場合,どの量を比べるべきかは自明ではない.つまり,測る者が測る量を決めなくてはならない.もちろん前者の場合にも,設計者の意図が不明であれば何を測るかを測る者が決めなければならない.結局,どちらの場合にも最終的には何を測るかを測る者が恣意的に決めるものという点で共通しており,その一方で前者の場合には設計者の助言があるが後者にはないという点が異なる.
2011-02-12
いつぞやの,化石の産出地点を地図にプロットすれば生物地理の話になるのか問題,あるいは柱状図にプロットすれば進化の話になるのか問題について.あくまでも比喩として,小説に出てくる人物の名前だけを抽出しその順序や間隔を保持したまま並べたデータから元の物語を復元できるかといえば,そんなことはない.おそらく,そういうこと.
2011-02-04
2011-01-22
おそらくその後輩には morphometry だとか empirical morphology いった概念が一切無い.もっとも,その後輩のことなど全くどうでもよくて,むしろそれらの概念を消し去った morphology というのが一体どのようなものなのかに興味がある.
より詳しく説明するならば,その後輩の持っている「数学」の本は微分幾何だとか自己相似だとかいった曲面の表現に関する領域の本であり,「形態」に関する本は生物の morphogenesis を題材とするものであったり,あるいは生物の機械力学的な解釈を試みるものであったりするのだが,端的に言えばそれらに一切の関連性が見いだせない.
とある後輩の本棚には,数学や数理生物学,さらに「形態」という言葉を含むタイトルの本が並んでおり,そう表現するだけならば自分の本棚に並ぶ本棚とあまり区別できないのだが,どうしても彼が考える「形態」という概念が理解出来ない.
他人の部屋に入ったら,まずは本棚を物色させてもらい,その人が何に興味をもっているか,どのような観点で物事を解釈しているか,その解釈をどのように変えていこうとしているか,などと妄想する趣味があることを告白しておこう.それが,もちろん,こいつは絶対自分の趣味とは相容れないのだろうなと思うことも稀にあるのだけど,それはあまり関係なくて,むしろ自分に足りない知識などを発見できることを期待しているといっておけば,それなりにカッコよく聞こえるのではないかと思う.
2011-01-17
みなさまの税金を糧におよそ経済的利潤とは無縁な"自称"研究活動させていただいている身としまして,(特に基礎研究に携わる人間によって) 基礎研究の重要さを語られるのを見ていると大変腹立たしい気分になるのですが,なんなんでしょうね,これ.
2011-01-14
2011-01-12
2011-01-11
2011-01-10
2011-01-01
2010-12-16
いまさらながら GODAC のテングギンザメの動画を見てみた.よくもまぁ,あれだけのものが公開されていたにもかかわらず,今まで探さず見ないで放置していたものだと反省しなくてはいけないのだが,いざ見てみると想像以上に「普通」の魚すぎてがっかりしてしまった.もちろんここでいう「普通」とは,その重要さに気づけず,さりとて理解不能なわけでもない,なんとなく分かった気になってしまっているという極めてよろしくない状況を指す.あれは相当マジメに解析しないとわかる気がしない.
2010-12-09
2010-12-04
こう言っちゃなんですが,世のなんとかコミュニケーター諸氏がアレの面白さとか有益さとかそういうことをわかりやすく垂れ流したいというのであれば,アレのつまらなさとか無意味さとか困難さとか,そういうのを伝える係ってのも必要だと思うのです.まぁ「伝わる」とか幻想ですが.