今日のありがたいお言葉:日本はグラマンじゃなくて零戦を作った国だ.で,お前はその国に生まれ育った日本人だ.
下が古い.上が新しい.間は他所.
2008-12-08
家族以外で顔と名前に加え誕生日までもが一致している人間は 3 人しかいない.これがまた別に好きになった女の子というわけでもなく (当然ながら好きになった男の子でもなく),なぜ覚えてしまったのかも分からないが,とにかく覚えてしまったものだったりする.なんでそんな話かといえば,今日はそのうちの 1 人の誕生日だったりする.これまた,そいつの電話番号を知っているわけでもなく,だいたい卒業後はただの一度も会っていないし連絡をとる気もないのだけど,とりあえず誕生日なのでめでたいんじゃないかとは思う.
2008-12-07
2008-12-05
動物の遊泳速度等のデータを網羅的にコンパイル中.文献の数もさることながら,表記どころか実験手法も全く正規化されていないのが非常に辛い.今やってる作業もだが,例の棒状生物の形態解析も同様.死ねる.
2008-12-04
2008-12-02
Cooper et al. Journal of Experimental Biology 211, 1859-1867 (2008). Balaenoptera の前翼が妙に大きいことへの回答.なーる.
2008-11-30
いわゆる機能形態学について,単にその生物のカタチや構造により動きが制限されることを理由にその生物を復元するだけならば,進化という概念は要らない.適応,という概念を組み込んだ場合でさえ,天下り的に最適形状が付与されるというのでは,やはり進化学ではない.そのもの自体がメタヒューリスティックな最適化を起こしている,という点が重要になる.
2008-11-29
2008-11-28
2008-11-27
2008-11-26
有孔虫の殻のカタチを理論的に生成しようという,Tyszka, J. 2006. Lethaia 39(1):1--12.要するに隣接する apatures の位置,つまり 2 点を基準にして座標決めて 3 自由度の殻の構造を再現したよって話なんですけど-,その座標系っていろいろチートしてませんか?
2008-11-25
大学生協の科学書のコーナーに「地球はやはりがらんどうだった」なんつー本が平積み.これ,徳間書店の超知ライブラリーという,いかにも怪しいシリーズだったりする.そりゃマトモな科学書のフリをしてデムパ飛ばしてる M 山 S 徳の環境問題本とか,誰とは言わないけど平気で嘘話載せてる某大型恐竜本とか,タイトルからじゃ科学なのかオカルトなのかわかんないこともあるってのは事実.まぁ,中谷宇吉郎大先生のお膝元だというのに E 本の水伝の本を平積みするという前科持ちなので,これはもう最早救いがたい現象としかいいようがない.
適応ってのは,要するに cladogenesis と anagenesis による多様化と,明確な基準のある selection による絶滅の組み合わせで起こる現象で,これのおかげで (良くも悪くも) 進化に物語性を与えることができる.当然,明確な基準もなく絶滅は起こるのだが,そういう明確な基準がなかったことは示せるのか,それが問題になったりする.その背後には,さらにある種の anagenesis が起こらなかったこと,あるいは起こりえなかったことを示す必要も出てきたりする.なんというか,悪魔の証明としか思えないが.
2008-11-23
2008-11-23T10-31 のつづき.Dollo の法則という,一度消失した形質は再び現れない (と表現すると色々問題があるのも事実),という概念があるが,実際の進化を見てみるとそうでない場合があって,或る形質の発現が別の形質との相互作用で起こったり起こらなかったり,同様に異なる系列で独自に同じ形質が発現することがある.つまり,同じ形質が異なる系列で独自に生じた場合を平行と呼ぶ.逆に言えば,homology と homoplasy は,構成要素などは間違いなく同じ形質であるが共通祖先が同じ形質であるかどうかによって判別されるものである.一方の heterogeny は,そもそも構成要素などが違うので別の形質なのだが,幾何学的に同じであると錯覚してしまう形質,ということになる.
どうも修論を書いている時から指導教官さまと「収斂」という言葉の使い方が違うなぁというのを薄々感じつつ,つい先日のゼミでも苦言を呈されたので Desutter-Grandcolas et al. (2005) を読んでみる.おそらく,高校の時から教科書としている Wiley E.O. 他著,宮正樹訳の「系統分類学入門」(どうやら絶版.元の pdf が公開されている) の影響じゃないのかなぁ,という感じ.Wiley は,基本的に形質が相同形質なのかどうなのかってのは分かんないから,とにかく系統解析して変換系列とか分岐のパターンを見て収斂か平行か決めよう,と言っており,基本的に自分はこの考え方で喋っていたわけだ.ところが,実際にはデータマトリックスを作る時点で対象の生物を形質の集合に分解しているわけで,つまり,系統関係の推定に先んじて異なる生物の形質の同値性について議論をしてしまっているぞ,というのがDesutter-Grandcolas 他の言い分 (この発想の基礎は Petterson (1982) から出ている).結局,データマトリクスを作るという作業自体が homology かもしれないものと heterology というのを分けている,ということ.Wiley らは Hennig の補助原則を「対立する証拠がない限り,つねに相同性を仮定し,収斂や平行は仮定してはならない」と表現しているが,データマトリクスを作り上げ解析を行うという段階では既に heterogeny に基づく収斂という概念は排除されているのだから,「対立する証拠がない限り,つねに相同性を仮定し,平行は仮定してはならない」と表現されるべきだ,というお話.