下が古い.上が新しい.間は他所

2010-09-24

指導・教育するということは,相手の能力を向上させることではなく相手の能力を評価することだと捉えたほうがいいのだろうし,「よりわかりやすい伝え方」を模索するというよりは,より適切に相手を見極めるための試験を模索すると捉えたほうがいいのかもしれない.

教育というのは,変化させることではなくて選別することなんでしょうな.

2010-09-20

ブラックリスト方式で処理することの気持ち悪さとかナンセンスさについては (実に中途半端ながら) 以前にもぼやいてた (2009-10-12T22:45)

水伝でも血液型占いでもホメオパシーでもパワーストーンでも恐竜の絵でも何でもいいんだけど,いわゆる科学的ではない言説というやつは,これらを駆逐することで健全で理想的な社会を構築できるという言説が出てくるという点で,エロ本と同じくらい魅力的だと思う.その「駆逐することで健全で理想的な社会を構築できるという言説」も,相当魅力的な言説だと思う.

2010-09-19

たぶん,ロマン主義とか神秘主義とかいったものがナニモノなのかについての理解が必要.

たとえば,某界隈で「歯や爪が鋭いので捕食者」という表現をみかけたとき,それは解剖学で言うところの「歯」だとか「爪」だとか,幾何学で言うところの「鋭角」だとか,生態学で言うところの「捕食者」だとか,いわゆる科学者 (職業研究者) が使う論理における「ので」だとか,そういうことを想定すること自体が間違っている可能性すらある.

たとえば,ホメオパシーの体系は,疫学 (効く効かないの問題) や物理や化学 (波動とか濃度云々の問題) と矛盾を引き起こすことがある.より正確に言えば,ホメオパシーの体系でいう効くだとか物質の変化といった用語は,そもそも物質科学で用いる用語と表現としては一致していてもそれが指し示す意味が違うので,矛盾どころか,そもそも共通して扱っている対象が存在しない可能性がある.パワーストーンについてもおそらく同様だし,恐竜の絵についてもそういうことだと思う.

2010-09-18

twilog:2010-09-01 で言ったことだけど,同じ石を見ながら,物質科学的な鉱物学という体系を作ることもできれば,あるいはその心理的な効能に基づくパワーストーンの体系を作ることもできる.同様に,化石骨を見ながら,古生物学という体系を作ることもできれば,怪獣の体系を作ることもできる.それぞれの後者は,某同僚が指摘したとおり石を単なる記号表現として扱うだけの体系であり,前者の体系に対して何か致命的な矛盾を生むようなものではない.極端なことを言えば,彼岸の世界でいう Tyrannosaurus rex とこちらの世界で言う Tyrannosaurus rex は別のものを指しているし,どのような名前を使うべきかという問題に関しては 2010-08-08T12:13 に書いた程度の理由付けしかできない.問題があるとすれば,それら 2 つの体系を混同するような状況.

もちろん,生きていくには経済活動が必須なのだが,その上で研究活動を継続しようと考えると,どうしても議論相手だとか後継者といったもの (K 村さんのいう C 層) が欲しくなることがある.そこから,いわゆる教育活動というものによって A 層から C 層を生み出すことはできるのか,より分の悪いアイデアとして, C 層へのアピール (あるいは C 層との対話方法) は A 層へのアピールに流用できるか,などと考えたくなることがある.よりドライに,A 層には都合のいい知識を鵜呑みにさせておけばいいという考え方もあるが,マトモな研究を行うためには研究以外の場で何をしても許されるのかという倫理的な問いが生じることもある (ただ,これはあくまでも倫理の問題である).

経済的な観点から言えば K 村さんのいう A 層 (電通のいう B 層) へのアプローチが最も効率的,というのはかなり確からしいと思う.単純に自分の意見を広めたいのであれば,大声を張り上げてこの層にアピールすればいい.

電通の言うところの B 層への広告戦略というのが実に興味深い.

2010-09-17

「有害情報を無くそう」って運動はどうかと思うんですよ.全く同様に「有用な情報を広めよう」って運動もどうかと思うんですよ.

2010-09-13

自分の場合,少なくとも高校生の頃までは「恐竜の絵」が好きだったのだけど,これを脱したの父親の発言によるところが大きい.ひとつは「恐竜学恐竜学って言ってるけど,お前がやってるのは恐竜学じゃないよね」もうひとつは「なんで恐竜マニアっていつも恐竜のTシャツ着てるの」であった.

もうひとつ,twilog:2010-09-01あたりから某同僚と話していて気がついたのだけど.おそらく「恐竜の絵が好き」から「恐竜が好き」に変化することはない.最初から「恐竜の絵」と「恐竜」は別物でしかない.

たぶん「数少ない古生物学者の多くが元々恐竜好きであった」が都市伝説である可能性を疑ったほうがいい.

根幹の部分でとんでもなく初歩的なミスを犯していたのだけど,古生物学に携わる数少ない研究者は多くはまず最初に恐竜に興味をもったと言われているのだけど,数少ない恐竜に興味がある人間の多くが古生物学を志すわけではない.それだけ.

アレですね,時間をかけるか,お金をかけるか,人生をかけるか,ってやつ.

やはり,領域侵犯が嫌なだけかもしれない.スルー力が足りないだけかもしれない.

2010-09-12

そろそろ「好き」とかいう謎の概念を使うのをやめたらどうだろうか > 俺

たぶん,この辺の問題について管を巻いてるのは,自分が恐竜よりも恐竜の絵が好きだったり,恐竜以外は好きじゃなかったりしたからだと思う(現時点でどうかは知らない).ビジネスとして他人をどうのこうのするというよりは,自分はどう変わって,どう変わりうるか,という実に無益な思考で時間を潰しているだけじゃないかと言う気もする.実に切迫感がない.

備忘:2010-09-12T03:06 に対する K 村さんの解答

(1) いわゆる「恐竜好き」は恐竜が好きなのか恐竜の絵が好きなのか問題,(2) 恐竜の絵が好きな人は恐竜を好きになれるのか問題,(3) 恐竜が好きな人は恐竜以外を好きになれるのか問題.さらに,以上の問いにおける「好き」を「興味をもつ」に変換してもよいか,変換するべきかという問題.

2010-09-03

2010-08-11T00:13 あたりに関する若干の補足.記述できたというのは,あくまでも型に無理矢理当てはめることができただけであり,無駄なく無理なく当てはめることができたというわけではない.ある人が,ほらこの型に当てはまったよとか言ってみたところで,他の人も同様に当てはめることができるわけではないし,その人はもっと当てはまりのよい型を探し始めるかもしれない.そういう型が見つかったら,じゃあやっぱりそっちの方がいいねってことで乗り換えるだけ.これはこれで面白い営み.

2010-09-02

結局,「お前らニセ科学ってレッテル貼ってるけどそれって何よ」という質問は,2010-08-08T12:05 と同じく「あなたの言う『ニセ科学』って何」ではなくて「私の言う『ニセ科学』ではダメな理由って何」という質問に置き換えられるもので,そんな理由は存在しないという辺りの問題ということなんだろうね,という理解.前に言ってた「お前の言う恐竜って何」という問題に関する「理由」が何かといえば,命名規約とか,それを守るべきという研究者間の紳士協定といったところ.それくらい根拠がない.

えぇまぁ,その辺はさっさと論文化しないといけないとは思うんですが > ギンザメ