下が古い.上が新しい.間は他所

2009-04-28

2009-04-28T00:39 の補足.生物と非生物の識別について,全く個人的で素朴な観点からは区別できないと言うだけで,他人と合意できれば分ける (たぶん,落としどころは「細胞」).「区別できない」と言った真意は,擬人化とか幽霊とかアニミズムとか陰謀論とか,そういった方面の概念との繋がり.

2009-04-28T00:14 の続き.そういう意味では「『明らかにできた対象』を『自然』と呼び,『何かを明らかにすること』を科学と呼ぶ」の方がしっくりくるのだが,これでもまだ気持ち悪いし,他者にも受け入れられるとは到底思えない.より適切に表現しようとするなら,「『自分の考えのうち,他者と明確な合意を得られたもの』を『自然』と呼び,『他者と明確な合意を得ること』を科学と呼ぶ」といったところ.もちろんこれでも不足があると思う.だいたい,こう書くだけでは宗教でもニセ科学でも何でもアリのように読めてしまう.ただ,さんざん繰り返しているように,私には環世界以外の何かが見えているとは全く思っていないので,「他者から合意を得る」というのは「環世界内の対象に何かを入力した際に予想通りの出力が得られる」というコトとしてに捉えている.同時に,個人的には生物と非生物を区別する気がないので,というか生物と非生物の分類は自分の環世界の中で行われる極めて恣意的な分類だと思っているので (2009-03-13T13:13; 13:26),対象が非ヒトならば非言語的な対話が成功すること,すなわち高精度の観測が行われること,特に対象がヒトならば言語による対話が成立すること (展示と解説 @ 某糾弾するサイト),というように考えている.

例のエントリの最後に問われたような気もする自然科学とは、自然(現象)の法則性を明らかにする学問だという表現について.もはや文脈なんてモノは散在してしまっている状況で,ココで迂闊に何かを書いてしまうことはブーメラン以外の何者でもないのだが,この表現が気に入らない理由は,発言者が「真理」のようなものを意図したかどうかではなく,聞き手である私が,まるで小学校低学年の算数の問題のようにあらかじめ正答が与えられているかのような印象を受ける,という極めて個人的な言語感覚によるもの.あくまでも日本語の問題.そんなわけで,そんなコトは意図してないし論理的にも必要ない,ということが形式的な言い換え (あるいは文脈) によって示されれば (というか,それに気づけば) ,あぁそうですか,という生返事をするしかない.でも,この言語感覚がなかなか覆らないんだよなぁ…

2009-04-27

buzzword: 哲学.

2009-04-26

誤解というか,混乱.精度とか再現性とか,その辺は夜の特別講義「思索と人生」で毎度扱っていることなので省略>某氏.

より正確に言えば,最初から誤差論的な意味がまるっと抜けていたからではない (これでも修論では計測をやってたりする) が,若干の誤解はあった.「精度」という言葉で納得できたのは「精度」の文字通りの意味が分かったという意味ではなくて,あの一連のコメントで apj さんが「近似」ではなく「精度」という言葉だけを強調してくれたおかげで,特に 現行の科学の精度>>(越えられない壁)>>インチキ宣伝で使われるニセ科学の精度 というコメントのおかげで,「精度の高さ」を「合意」に読み替えることができた,という点が大きい.それが正しい読み替えかどうかは別として.

「測れるものの全て」は外在的な存在なのだろうが,「他者と合意したもの」は内在的になる.いや,もはやその域に達すると内とか外とかって概念自体が危ういのだが.一般には前者を自然と呼ぶのだが,Uexkull 信者の私にとっては後者.

たぶん,「自然」って言葉と「真値」とか「真理」という言葉の関係が問題.

だいたい整理できてきた.多分あのエントリでの肝は,それぞれが公準をどう設定しているか知らないけど (= それぞれの哲学なんて知ったことではないけど) それって結局は同じ公理系をつくるよねという確認をしましょうということと,それを説明する言葉は文脈 (= その場の空気) を読んで選びましょう,ということ.それだけ.そこに空気を読まない人が乱入するとああなる.問題は,空気を読まない人が「それはおかしい」という場合には,その人の個人的な公理系に矛盾がある場合と,単純に言葉の対応関係がおかしい場合があるということ.私自身は後者だと思っていて (それについては下に書いたとおり未証明),実際あの命題を文脈を全て読んで解釈すれば (= 形式的に解けば) 間違ってはいませんね,というのが一連のコメント.問題は「近似」という単語については計測屋さんの流儀に従った,あるいは数学屋さんの流儀に従った定義があるにもかかわらずそれを無視してしまったこと (むしろ俺が駄目ポストモダニスト).あとは「自然」という単語に対応する概念の,こっちとあっちの対応関係がわからないというのが引っかかっているところ.なんとなく,対応する概念が無いような気もする.それって,公理系の不一致かもー,俺オカルトかもー,って不安があるので,片っ端から確かめさせてもらえませんかー,とか思ったりもしたが,相手も暇じゃないし,あそこにはあそこの公理系でしか喋ってはいけないというルールが敷かれているので,私の公準からの演繹はまずい,っつーか他所様のテリトリーで何を始める気だよってことで,個人的に終了.関係各位には陳謝.長い.

既にある「自然」という概念は,たぶん妥当.だから自然科学という分野があるし,そこではその通りの意味で「自然」という言葉を使わなければならない.問題は,自分がその単語を口に出すためにはある程度納得できていなければならないことで,それゆえ使い方がよくわからない単語を他人が難なく使っていると,何を言っているのかさっぱりわからなくなること.そういう意味で,「自然」という言葉に疑問を呈しているのは,別に既に使われている定義を忘却したいのではなく,それが何なのかをハッキリさせておきたい,というだけだったりする.それを「素朴にわかるでしょ」と言われてしまうと,あぁそうですかとしか答えられなくなってしまう.もちろん相手だって暇じゃないので,そう答えたくもなる.

一連の発言を読み返すと,どこからどうみてもオカルトの人だったりする.ぷはー.

2009-04-25

よーやく理解した.精度な.確度じゃなくて.

と書いておきながら,あれが無矛盾であることの厳密な証明はしていないので,わかりませーん.とりあえず,無限後退に陥ると予想.

あれ自体は無矛盾かもしれないけど,いくつかの単語が既に定義され,しかもそれらの再定義が認められないのであれば,私にはもう何もできることはありませーん.対応関係を指摘するだけでーす.

環世界の存在とか言語の恣意性とか,あるいはシステム内部からは出入力が見えないとかって話をあの場で演繹的に示せばいいんだけなんだが,一口で言えばめんどい超めんどい.いや,それじゃ対話が成り立たないのは知ってるが.

というか,記号化というアイデアを認めないとか,記号化されていないものが見えているとか,それって科学だろか.

記号化は近似ではないと思うんだが,これは果たして「哲学的」な問いだろか.

一応 Natural History Science を専攻しているというコトになっているのだが,Natural History ってのがナニモノなのかをちゃんとわかってるとは言えないことは正直に告白しなければなるまい.

某掲示板定点観測所だより:ドンビキです (あまりの観測範囲の狭さに

備忘:2009-04-24T10:26がらみのアレコレは「oanus-bookmark/比喩」で.いかに限られた語彙を駆使することで異なる (かもしれない) 概念を伝えるか,あるいは,いかにして誤解が生じるか,という意味で.

2009-04-24

だってさー,アレが修論 (と,それに続く今書いてる論文) のテーマなんだもん.

K 村さん例のダーウィン本科学ジャーナリスト賞2009の大賞を受賞したらしい.個人的にアレはとてもいい本だと思うので,理由はどうあれ (リンク先変更: 2009-04-24T22:43),アレとかアレ以外かがたくさん売れるようになることはとてもいいことだと思う.いや,いつぞやの本が売れる売れないという文脈で考えた上で,ですよ.とりあえず,おめでとうございます.

ちなみに,別に環世界 (= 形而上) が先で環境 (= 形而下) が後,なんてことは思っていないので念の為.いや,思っていてもいいんだろけど,どっちが先でもいい話だし.

某所で生じた…というか元々あった熱源に油を注いでしまったについて.ひっかかったのは,統計学で言うところの fitting と model selection をまとめたものを「近似」と呼ぶコト自体は ok なの?ということと,「真理」とか「自然」という文字列で指したものは J.v. Uexkull の言う環境 (Umgebung) と環世界 (Umwelt) のどっち?ということの 2 点.まとめたものを「近似」として環境を「自然」と呼ぶなら「自然科学は自然を近似する」でも間違ってはいないと思うのだが,この話を目撃するまでは fitting が近似で umwelt が自然だと思っていたので,むしろ発端の記事の方が違和感が無かったという話.まぁ,両者の話を聞いた今となってはどっちでもいいんだけど.

2009-04-23

我惟ふ,故に我在り ってことは,考えてる自分と,自分が考えていることの 2 つは存在するということ.当然ちゃ当然.この他に幾つの余計なものを加えるかが問題.

続き.OsiriX の変換はどうもうまくいってなさげ.で,あらためて ImageJ + Bio-Formats + JAI Image I/O Tools を試したら,実は変換できることが判明.問題は Stack まわりの操作.んーむ.

2009-04-22

やっていたのは 16 bit lossy jpeg の DICOM ファイルを native DICOM に変換するだけの作業.そういう形式だということを見極めるのに苦労した上に,Windows 用フリーソフトでは全く対応してしておらず,しかもそんなファイルを MacOSX の OSIRIX が何事もなかったかのように扱っちゃうあたり,徒労に終わっただけとしかいいようがない.

なんで JAI image I/O Tools の windows-amd64 版バイナリは配布されていないのか.あがー.

2009-04-20

方針決定.やっぱり私はドラえもんを作る係らしい.

2009-04-19

某画像解析プロジェクトがらみで論文を物色.当初は単純作業のお手伝い的な意味合いでの提案だとばっかり思っていたのが,実はあのツンデレ指導教官ってば,ガチでこの仕事狙ってたんじゃないかって気がしてきた.KOEEEEEE!